管理人の一問一答2

管理人のメモ置き場
管理人のメモ置き場

仕事の面接に受からず、仕事が見つからない。自分はそもそも生きるのに向いていないと思う……。

仕事の面接に受からず精神的に落ちこんだとしても、周囲を見渡せば、例えば高年齢の方で100回近く応募・面接を受けたが受からないという人も実際にいます。

働くことが難しい・どうしても仕事が見つからず生活できないということであれば、とりあえず生活保護を受けるという選択肢もあります。

私自身、以前に路上で生活せざるを得ない状態に陥った時があったのですが、池袋駅前で他のホームレスと同じように段ボールにくるまって夜を過ごしつつ、求人誌で見つけた新聞販売店に応募して拾ってもらったことがあります。

(池袋まで車で迎えに来てくれました。配達の仕事に加え、寮も与えられます。給料も25〜30万以上もらえました。働いている人の中にはパチンコにハマってる人や借金を抱えた人も多かったです。一種のセーフティネットとして機能している仕事だと思いました。)

生きる意味がわからない

「生きる意味がわからない」という相談や話はよく聞くものです。

実際のところ、「生きている」という事実自体に必ずしも意味が見出だせるわけではないと思います。
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」で言うように、私たちは遺伝子の複製という目的のために利用されている生物ロボットというような見方もあります。)

その代わり、自分にとっての意味を人生に見出したり、自分にとっての意味を人生に意味付けることは可能です。

そしてそうするためにはある程度の時間(=経験)が必要だと思います。

赤ちゃんがいきなり人生に生きる意味を見出すということはできないし、あり得ないでしょう。なぜならまだ辛酸甘苦の人生の経験がないからです。

逆に言えば、今の苦しい経験は自分の人生に意味を見出すための必要不可欠なプロセスということができると思います。

つい先日も「人が怖い」というHSP(Highly Sensitive Person・内向的・過敏体質)の方からのご相談がありました。

私もそんなHSPの一人です。人が怖いというほどでもありませんが、基本的にそんなに人付き合いは得意ではないし、普段から少なくなるようにしています。

私は学校は中学・高校の時からよく欠席していました。(おかげで成績は芳しくなかったです)

正社員として雇用されたことも2回程度(それぞれ1年ほど)しかありません。

あとはずっと非正規雇用(バイトとか派遣とか)です。まったく問題がありません。生きられればいいのです。

逃げることは決して間違っているとは言えない

自分は弱い・逃げている、と自分を責めている人もいるかもしれません。

でも、見ようによっては逃げ方が足りないとも言えませんか。

私は海外まで逃げています。

逃げるのにも相応の努力が要ります。私にとってそれは英語の勉強でした。

数学や英語というのは以前に習った基礎がないといい点が取れません。

私は学校をサボりまくっていたので、数学や英語が全くできませんでした。
(中学で習う内容・Be動詞とかを、高校で初めてそういうものがあるのだ・Be動詞と言うのだ、と知ったというレベル。ちなみに私は高校中退者です。)

今では少なくとも海外で生活する上で英語の使用は不自由ないレベルになりました。

私が英語を勉強し始めたのは20代半ばの時からです。

逃げると言っても建設的な方向・可能性が見出だせる方向に逃げなければいけません。

破滅的な方向では逃げたことになりません。袋小路です。パチンコ依存や自死はその例です。

逃げることは決して間違っているとは言えません。

世界最強の国アメリカ(最近はそうでもないかもですが)がどうして建国されたかご存知ですか。

清教徒(ピューリタン)たちがイギリスから逃げて作った国なのです。



中国から攻撃を受けていたチベットという国の王だったダライ・ラマは、自国と自国民を捨ててインドに逃げました。その結果、彼の国の教えと文化は世界に広まりました。

ブラジルなど中南米にいるいわゆる日系人とは戦前・戦後の貧しい日本に希望が見出せず、海外に移住した日本人たちのことです。そんな彼らを逃げていると批判した人たちもきっといたことでしょう。

ですが、彼らは今ブラジルやボリビア、パラグアイなどで立派に日本社会を作り上げ暮らしています。

こんな例はきっと枚挙にいとまがないでしょう。

逃げずに竹槍で戦えと言って、それで原爆を落とされるような悲劇では仕方がありません。もっとうまいやり方があるはずです。

まだ人生は続いているわけなので、今からうまいやり方を見つければよいのです。したたかに、自分なりの生き方で生きればいいのです。

海外・アジアの生きやすさ

海外の話ですが、実際現地に行ったら分かりますが、途上国の人を見てると日本で言うところの発達障害・ADHDみたいな人が結構多いです。

ネパールのローカルなレストランでチャイ(紅茶)を注文したんですが、店のお兄さんは注文を受けた10秒後にはそれを忘れてしばらくテレビに見入っていました。

母親らしきおばさんに言われて、思い出し慌てて作り出す、という感じでした。(ちなみに客は私以外いませんでした笑)

すべてがそうだとは言いませんがほんとにそんな感じなのです。そんな人たちでも周りは怒るどころか笑って過ごしてます。

ま、そういう意味で日本で生きづらさを抱えている人は、ぜひとも海外に出たほうが良いと個人的に思っているわけですが。
(はっきり言って生きるのがめちゃくちゃ楽になります。日本で生きる比ではありません。暖かいし、人が優しい・のんびりしています。私は今でも日本で生きる自信はありませんが、海外でなら生きることができます。特にアジア。これからは中国を中心としたアジアが世界の中心になります

以下の記事も参考にしてください。

アジアでもとくに現地採用が多いタイでは、この10数年で在住日本人の数がおよそ3倍に増えました。2002年は約2万5,000人でしたが、2018年は7万2,000人へと増加しています(在タイ日本大使館による)。

このうちかなりの部分が、現地採用者ではないかと見られています。現地採用という枠組みの中で、就労ビザを取り、タイで働いて、タイに納税をし、暮らしている。そんな日本人が恐らく数万人単位で存在するのです。

彼らは日本社会のレールを思いっきり外れて、アウトローな生き方をしているようでいて、けっこう楽しく日々を過ごしているようにも見えます。「日本にいたときは重い荷物を乗せられているようだった。いまは身も心も軽い」なんて笑う人もいます。

タイやラオスなどの伝統的仏教国では今でも毎朝、寺の僧侶たちが裸足で托鉢を行い、人々は食物などを施す

未知の可能性を探求すべき

自分が現在認識している狭い世界・認識の中だけでものごとを考えると、生きることはつらく絶望的なようにも思えます。

しかしひとたび視野を広げると、違った世界や違った生き方があり、今まで気付かなかった可能性があることに気付きます。
例えば私は海外を観光ビザだけで15年以上放浪しているような日本人にも複数人会いました。

特にもしあなたがまだ年齢的に若いのであれば、それを判断してしまうのは早計です。まだ知っている世界・生きてきた世界が狭すぎるのです。

海外に出るなどして、自分の未知の世界に触れ、経験・認識がひとたび広まれば「なんだ、自分のまったく知らなかったこんな世界があったのか」「こっちの生き方の方が全然楽じゃないか」と世界が広がり、生きる上での判断材料・選択肢が増えます。

また、もし親や周囲の人間が期待していることが、「他の人と同じように生きること」なのだとしたら、そういったことは一旦置いておいてまずは自分のために生きやすくなるように生きてください。

彼らの期待している「正しい生き方」ではなく、あなたが自分に正直に、「ありのままの自分でいられる生き方」を模索すべきです。

以上、ご参考になれば幸いです。

タイトルとURLをコピーしました